リベラルアーツの扉:海外教養書を読む

田楽心&青野浩による読書記録

アンジェラ・ネイグル 著『リア充を殺せ! ―― 匿名掲示板とカウンターカルチャーは、いかにしてオルタナ右翼を育て上げたか』(2017年)/80点

  • 紹介(評者・田楽心 Den Gakushin)
    • 原題
    • 著者について
  • はじめに オバマの希望からハランベの死まで
  • 第一章 リーダー不在のデジタル反革命
  • 第二章 逸脱のオンライン・ポリティクス
  • 第三章 オルタナ右翼グラムシ主義者たち
  • 第四章 ブキャナンからヤノプルスまでの保守文化戦争
  • 第五章 「Tumblr」からキャンパス・ウォーズへ:美徳のオンライン経済における希少性の作り方
  • 第六章 「男性圏」を覗いてみると
  • 第七章 よくいる女、リア充マスゴミ
  • 結論 「ネタだよ」と言われてももう笑えない
  • 評価(評者・田楽心)
  • お知らせ
    • ★その1 サイト運営者の一人、青野浩の翻訳書が出ます。
    • ★その2 友人が最近本を出したので、よろしくお願いします。

紹介(評者・田楽心 Den Gakushin)

 2016年のトランプ当選を受けて、アメリカ人の多くが、2008年のオバマ当選時との「不可解なギャップ」に首をかしげた。なぜリベラルなアフリカ系大統領の次が、「ポリコレ破り」の常習犯トランプなのだろうか。この謎を解くには、「オルタナ右翼 alt-right」と呼ばれる勢力が台頭したあらましについて理解する必要があり、それにはオバマからトランプまでの期間にオンライン上で起きた数々の事件に注目する必要がある。――これが本書の著者であるアンジェラ・ネイグルが置いた前提である。オンラインにおけるトランプの支持拡大には、「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」のような権威や道徳から逸脱することに楽しさを感じるオルタナ右翼が貢献したとされる。オバマの成功体感を模倣して「リベラルな文化人」を総動員し、トランプ支持者の半数は差別的な「嘆かわしい人々」であると非難したヒラリー・クリントンの選挙戦術に、オルタナ右翼たちはネット上の嘲笑で応えた。

 本書は主に2010年代を中心にオルタナ右翼が参加した、ネット上の事件と文化戦争を思想史的な方法によって描くことで、オルタナ右翼たちを生み出したオンラインカルチャーの暗部に迫る。焦点となる政治的テーマはフェミニズムセクシュアリティジェンダーアイデンティティ、人種差別、言論の自由ポリティカル・コレクトネスなどである。

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Amazon | Kill All Normies: Online Culture Wars from 4chan and Tumblr to Trump and the Alt-right | Nagle, Angela | Conservatism & Liberalism

 ネイグルが論証を試みる大きなテーマは、「オルタナ右翼」の特徴および成功の鍵が「逸脱 transgression」を好む感性と、この感性をネットを媒介にして表現し拡散するときに用いる、文章や画像上の「スタイル」にあったというものだ。ネットでの文化戦争、トランプ当選、オルタナ右翼の台頭ーーこれらには「逸脱」を好む指向が深く関わっている。

 ジョセフ・ヒースとアンドルー・ポターは『反逆の神話』2020年フランス語新版の序文で、「アンジェラ・ネイグルはこれ[ 右派の新しい文化的政治 ]について偉大な本(『リア充を殺せ!』)を書いて、オルタナ右翼が本質的にカウンターカルチャーの運動であることを多くの人は理解していないのだと指摘した」*1と述べている。本書を『反逆の神話』と併読すれば、右派と左派の双方に影響を与えるカウンターカルチャー的感性の問題点について、バランス良く知ることができるだろう。

*1:ジョセフ・ヒース, アンドルー・ポター(著) 栗原百代(訳)『反逆の神話 [新版] 反体制はカネになる』早川書房 2021年 25頁

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プラックローズ&リンゼイ 著『特権理論:ポリティカルコレクトネス、アイデンティティポリティクス、フェミニズムはいかなる理論的根拠に基づいているのか』(2020年)/90点

はじめに(評者・田楽心 Den Gakushin)

 「キャンセルカルチャー cancel culture」という言葉が、日本でも知られるようになってきた。ソーシャルメディア上で、有名人や一般人の過去の言動を倫理的に告発して、その社会的地位を失墜させようとする行動のことだ。またアメリカでは「woke(ウォーク/目覚め)」という言葉が流行している。人種問題や性差別などの社会的不正に覚醒することをいみする左派の合言葉だ。

 本書『特権理論』は、「キャンセルカルチャー」「woke」が象徴する、アイデンティティを基盤とした社会現象の背景にある学術的理論を、「社会正義 Social Justice」「セオリー Theory」「応用ポストモダニズム applied postmodernism」などと呼んで、その世界観と問題点を体系的に描き出している。

 著者のプラックローズとリンゼイは、左派の理論的支柱であるポストモダニズムの性格が、時代を経て大きく変化したことが、ラディカルな左派の社会運動が盛り上がる背景にあると主張する。本書のキーコンセプトは、ポストモダニズムを時期的に「ポストモダニズム」「応用ポストモダニズム」「再帰ポストモダニズム」の三段階に区分する見立てである。これらの特徴については後で説明する。

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